労働者教育協会のブログ

生きにくいのはあなたのせいじゃない。

山梨県学習協総会での報告レジュメ

 4月1日に山梨県学習協総会の様子を紹介しました。
 今日は、そこで省略した私の特別報告のレジュメを紹介します。
 
 当日配ったレジュメは、注を落としたり、自己紹介の文章を入れるなどしていますが、ここでは報告レジュメの部分(注は割愛)を少し補正して、以下に掲載します。
 
※以下、レジュメ
 
学習なくしてたたかいなし、たたかいなくして学習なし
~勤労者通信大学を中心に~
吉田ふみお(労働者教育協会勤通大部長)
 

はじめに─学習と学習教育運動
 
 ●人はどういうときに学習するのか
  *「受験のため」「資格のため」……→「やらなきゃいけない」が「やりたくない」
  *なぜ「やらなきゃいけない」のか?
  *なぜ「やりたくない」のか?
 
 ●「生き方」と結びついたときこそ、学習は真の“威力”を発揮する
  *「楽しさ」や「喜び」がともなわない「学習」は苦痛でしかない
  *支配層の方が学習熱心?
  *「生き方」のなかに「たたかい」を位置づけるのが学習教育運動の役割
 

1.学習とは何か
 
 ●「学ぶ」の語源は「まねぶ」、つまり「まね」をすること
  *「まね」=手本をもとにあるものごとを習得すること。模倣
  *「まね」とは、事実を確認・再現する=「知る」ことでもある
 
 ●「まね」をつうじて“自分らしさ”を発見し、鍛え、追求していくことこそが大事
  *「まね」にとどまっていては本当の学習にはならない
  *「まね」と自分の経験を結合させる
  *暗記や詰め込みは、学習を「まね」という狭い枠に押し込めている

 ●社会のなかの“自分”を見つめる=“自分”を客観的に見つめる
  *社会とは「生活の場」であり、人間関係の総体
  *社会のあり方と自分の生き方の関係を考えることこそ真の学習の目的
 

2.基礎理論学習の意義と魅力を語る
 
 ●学習がたたかいの力に
  *不当解雇をはねのけて職場復帰─建交労兵庫合同支部神戸マンナ分会・国賀由美子さん
  *“組合活動の正当性学んだ”─山口県社会福祉法人光栄会労働組合・田辺書記次長(当時)
  *白樺文学館主催の「蟹工船」エッセーコンテスト(2008年3月)で大賞を受賞した山口早苗さん(全日赤中央本部書記)も基礎コース受講生
  *解雇攻撃を受けた滋賀の青年たちの基礎コース学習(『学習の友』2010年4月号)
 
 ●若手事務局員を育てる民商の努力
  *北海道の経験
  *基礎コースを中心に民商事務局員の集団受講がひろがっている
  *活動の延長であることが多かったかつてとちがい、活動経験がないか乏しい青年が「就職先」として民商事務局へ→事務局員教育が大きな課題になっている
 
 ●学習・学習会の経験、受講生や中心的活動家の言葉から
  *人として生きていく確かな力になる学び。(加戸真実子さん─民青同盟徳島県委員長・徳島県学習協常任理事〈当時〉→『学習の友』2009年3月号)
  *勤通大は視野が狭くなりがちな医療の現場で必須の学習内容。人の心を看護できる看護師を育てるため、また私自身がその心をもちつづけることができるよう、豊かな心を育てるための大切な学習。1人でも多くの人に科学的社会主義の素晴らしさをやさしい言葉で伝えたい。(佐藤智子さん─熊本・全医労再春荘支部→多忙ななか、2007年度基礎コースを若手組合員とともに2年がかりで学習→『学習の友』2007年3月号&2008年2月号)
  *ものの見方・考え方などの基礎理論を学ぶのは筋トレして基礎体力をつけるようなもの。基礎理論をしっかり学習している活動家は行き当たりばったりにならず展望を持っており、魅力的だ。(浜崎理恵さん─広島自治労連専従書記・広島県学習協常任理事)
  *とにかく活字を読むことが大事。とくに勤通大基礎コースの学習は政策能力を高めるのに欠かせない。自治労連春闘方針にも哲学・経済学学習の重要性を書き込んだ。(榊原徹さん─茨城自治労連副委員長・茨城労連事務局次長〈当時〉、現在は茨城自治労連委員長)
  *役員や組合員の世代交代が起こってきている。新しい活動家養成には基礎理論学習が欠かせない。(日高光雄さん─鹿児島医療生協労働組合書記長。『学習の友』2010年3月号)
 
 
3.基礎理論学習のさいに注意すべきこと
 
 ●独習と集団学習(学習会)の結合
  *基本は独習。しかし、「読む」習慣に乏しい人が多いのが現実
  *独習を助け、励ますためにも学習会をひらくことが大事
  *仲間の助けを得ながら「読む」ことに慣れ、テキストの内容を“自分のもの”に
  *最初から個々の問題にこだわりすぎず、全体をつかむ努力を
 
 ●「わからないこと」を明らかにする
  *「わからないこと」自体は恥ずかしくないが、「わからないこと」を放置しつづけることは恥ずかしい→“聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥”
  *「わからないこと」を具体的に明らかにすることで、学習テーマが鮮明になる
  *結論的な命題だけを鵜呑みにするのではなく、そこに至る道すじに目をむける
 
 ●“ともに学ぶ”姿勢を貫き、意見や感想、疑問を自由にだし合える学習会を
  *学習会をみんなの「居場所」に
   →「居場所」とは、自分が本当に“自分らしく”いられる場所
  *「わからないこと」を共有する
  *未熟で未完成な発言=“未発の契機”を大切にする
  *結論を急がず、疑問を共有する─自分なりの理解に到達するプロセスが大事
 
 ●“知は力”“継続は力”
  *基礎理論は初歩理論ではない(妹尾典彦「いまなぜ学習教育運動か」、労働者教育協会編『季刊労働者教育』№137、2010年1月)─迷ったときこそ基礎に立ち返る
  *基礎理論は常に発展している(前同)─新しい到達点を学ぶ努力を
  *基礎理論学習の本当の成果はすぐにはでない─“筋トレ”のようなもの
  *基礎理論学習は情勢や課題、要求や政策、方針を考えるための前提
   →たたかいの具体化を豊かなものにしていくために欠かせない学習
  *学習するたびに“新しい発見”がある─“新しい自分”との出会い
 

おわりに─あらためて学習教育運動の魅力を考える
 
 ●“発見”と“喜び”
  *たたかいにふみだしたとき、そのことに確信を得たときの“喜び”こそが学習教育運動の醍醐味
  *“発見”という新鮮な“喜び”がなければ、学習は苦痛以外の何ものでもない
  *“発見”が自分や仲間の生き方と深く結びついたものであればあるほど、“喜び”もまた深いものとなり、自分や仲間の生き方がより生き生きと豊かなものになる
 
 ●たたかいと学習の結合
  *たたかいと学習が結合したときに大きな力を発揮するのは、この両者が生き方の追求のためにこそなされるということの証しにほかならない
  *“3日たったらやめられない”─仲間とともに自分自身が輝きを増していく
 
※以上、レジュメ
 
 
 総会の様子を紹介したときものべましたが、武田事務局次長から「たいへん示唆に富む話だった」という言葉をいただくなど、おおむね好評だったようなので、ホッとしています。
 
 平和委員会のSさんからは、「方針や政策を吉田さんのように語るのは比較的やりやすいが、組織論をこういうかたちで話すのは難しいと思うので、とても感心した」という言葉をいただきました。
 私の話の中心は学習・学習会の意義と魅力、また学習・学習会をつうじて人がどのように変わるのかということでしたが、「組織論」だといわれれば、そういう面もあるのかな、なるほどと思いました。
 いずれにせよ、過大に評価いただいて、恐悦至極です。
 
 私の話は、あくまで私自身が学習教育運動にたずさわるなかで経験したこと、感じてきたこと、考えてきたことをもとにしていますので、厳密な意味での運動論とか組織論とか歴史的意義のようなことを語ったものではありません。
 また仮に、そういう話をしろといわれても、少なくともいまの私には手に余るテーマです。
 
 上記のような内容でよければ、勤通大の開校式だとかガイダンスなどでいつでも話に行きますので、遠慮なく声をかけてください。   (勤通大部長・吉田ふみお)