基礎コースの受講生からだされた質問と、それへの回答を掲載します。
勤通大への質問=「清掃業はなぜ低い賃金なのでしょうか。社会で必要とされているし、重労働だし。なぜ賃金は、あんなに低くされているのでしょうか。1日7時間働いても、月20日として月15万円ぐらいです。だれにでもできることだからと……という人がいますが。ボーナスがあるわけでもなく、これでは生活できません」
勤通大からのお答え(勤通大教科委員 田中紘一)
あなたが、35年間看護師として働いたあと、日立の工場の清掃の仕事を5年間務められた経験から実感として「清掃の仕事がなんと報われない仕事なのか」と疑問に思ったこと、本当に共感いたします。
看護師の仕事も本当にたいへんな重労働ですが、清掃の賃金ほど低くはありません。
おそらく看護師の待遇と比較されて、清掃の仕事の待遇のあまりのひどさを痛感されたのだと思います。
●清掃業の発展
あなたが指摘されているとおり、清掃業というサービス労働は、社会の発展とともに、ますます必要とされ、急速に拡大しています。
家事労働に清掃は欠かせません。
その家事の清掃労働もこれまで私的におこなわれていましたが、資本主義の発展のなかで、洗濯労働の一部がクリーニング業に代行されてきたように、エアコン・レンジ・風呂・台所・トイレその他さまざまの家事清掃労働(ハウスクリーニング)を代行するダスキンに典型的にみられる清掃業も生まれてきました。
また民間の工場や事務所、店舗・病院・学校・集合マンション、自治体の公共施設(なお自治体は、ゴミ収集・処理など大規模な清掃業務もおこなっています)などで日常業務を遂行していくうえで清掃業務は欠かせない仕事です。
ところが利潤第一主義の資本主義の発展とともに、後者の事業所の清掃業務が内部業務から委託業務化されていきます。
清掃専門の機械・道具などを所有し、多数の清掃業務に熟達した清掃労働者を雇用している清掃会社に委託した方が事業所にとってもコスト安になるからです。
こうしてビルメインテナンス(ビルメン)業という事業所の清掃だけでなく、設備管理(冷暖房のボイラー管理や警備など)もふくめて行う業種を中心に、さまざまの清掃業が発展をとげてきました。
多くの清掃業は、中小企業です。
事業所は清掃会社どうしが激しく競争していることを利用して、清掃単価の切り下げをたえず要求してきます。
●非正規労働を軸にした清掃中小企業
問題は、これらの事業所むけ、家族むけ清掃業では、少数の正社員(主として管理業務、5%くらい)が存在するものの、圧倒的多数の清掃労働者がパートを軸に、短期臨時、短期派遣など非正規労働者によって構成されていることです。
正規への登用はいっさいありません。
また女性労働者が過半数以上を占めています。
全体的に男子もふくめて高齢者の比率も高くなっています。
平均勤続8年にみられるように、女性は子育てが終わってからのパート、男性はリストラなどで転職したり、定年退職したあとに再就職するというケースが多くなっています。
非正規・パートのため「ビル清掃」の95%が「時給」払いとなっています。
パートの場合、一時金や退職金、年休、社会保険加入、福利厚生などがない場合が圧倒的です。
また仕事柄、肉体労働が中心で、事業所の労働者がいない深夜・早朝・休日労働など変則勤務が多くふくまれています(土日だけのパートも多い)。
パワハラもなかなかなくなりません。
清掃の仕上がりについてあれこれ注文をつける施設管理者も多く、なかなか気が抜けません。
なおダスキンは、家庭へ派遣する清掃労働者の多くを「自営業者」扱いにしています。
この「自営的労働者」扱いは、ヤクルト販売などと同じで、ダスキンの指揮命令下で働いている労働者にもかかわらず自営業者扱いにされ、社会保険料、一時金、退職金その他さまざまの負担をダスキンは免れています。
●清掃労働者の低賃金・きつい労働条件の原因
これら全体が、清掃労働者の賃金が異常に低くなる原因です。
つまり、事業所からの清掃単価引き下げをたえず追求されている中小企業であること、また圧倒的多数の労働者が非正規労働者であること、とくに女性労働者や高齢労働者の比率が高いことなどが原因です。
事業所からの清掃単価切り下げの圧力を非正規労働者に転嫁して、資本主義中小企業として、非正規労働者を搾取して儲けを手にしているのです。
資本主義のあくなき搾取の1つの典型ともいうべきでしよう。
2015年の厚労省の調査でみると、「ビル清掃員」の平均年齢54歳、平均労働時間月178時間、平均月収は18万円、平均年収(ボーナスこみ)は235万円となっています。
ここ14年間ほとんど時給が上がっていません。
男性の賃金は女性よりやや高い傾向にありますが、他産業のような6~7割ほどの男女格差はありません。
高齢の男性労働者を雇用しているからです。
推定ですが時給になおすと1000円前後となります。
地方では最低賃金をやや上まわる程度にすぎません。
このように、あなたが月15万円と指摘されているとおりの実態が日本のどの清掃職場にもあります。
また厚労省の調査でも、「ビル清掃員」の年収は、多くの業種のなかで一番低い部類に所属しています。
欧米でも同じです。
なぜそうなっているのかについて、よくいわれるのは、「誰でもすぐできる不熟練の仕事だから」という点です。
これもよく検討すべき点です。
このように清掃労働という業種が評価されていないため、高所の窓ガラスの清掃は、危険な熟練労働ですが、これも清掃業全体の低賃金に押し下げられ、時給1200~1400円くらいで、ほとんど技術が評価されていません。
あなたが「清掃は特殊ではありませんが、技も必要ですし、なくてはならないものです」と指摘されているように、「誰でもすぐできる仕事」ではありません。
かたちだけでのゴミ・汚れトリはできますが、本当に汚れをとるきれいな清掃は、それにふさわしい道具や適切な剥離剤の使用、とくに熟達した技術がもとめられます。
先日NHKのテレビで羽田空港の清掃の仕事をしている女性の活躍ぶりをみましたが、十数年つちかった技術を活かして見事なトイレ掃除、床のモップ掛けなどの仕事を行っていました。
また新幹線の到着から発車までの清掃の仕事をしている女性の手早い熟達した仕事ぶりも見事なものでした。
羽田でも新幹線でもみんな自分の仕事に誇りをもっていました。
●清掃労働者の状態改善の方向
さて、こういう状態をどう改善したらよいのでしようか。
最大の解決法は、たいへんですが結局清掃労働者自身が団結してたたかうことが決め手です。
イギリスのケン・ローチ監督の映画『ブレッド&ローズ』は、メキシコの移民労働者がアメリカの「ビル清掃員」となり、低賃金ときつい労働にたえかねて、SEIUというアメリカの戦闘的な労働組合に加盟するまでの物語です。
「ブレッド」(パン)とともに「ローズ」(バラ)=豊かに生きるための人間としての尊厳の大切さを訴えた映画です(DVDもありますので興味があったらみてください)。
「ビル清掃員」の組織化が建交労という労働組合が中心になってすすめられています。
しかし、正社員は組織できても、パートなどの組織化はそう簡単にはすすまず、苦労しているところです。
いずれにしても、『ブレッド&ローズ』のように、この社会のなくてはならない有用な仕事をしている清掃労働者としての誇り(羽田空港や新幹線の清掃労働者もそうでした)を大切にしながら、その技術への高い評価を要求するとりくみが必要でしょう。
さしあたり多くの労働者を組織できない場合も多いので、その場合は、地域ユニオンなど個人加盟の労働組合に加入しながら、学びつつ要求闘争を組織しながら、団結をひろげていくことも考えられます。
時給の引き上げはみんなが一番望んでいる要求です。
そのためにも清掃技術への評価の改善をもとめるたたかいが重要です。
その面ではビルクリニック、ビル管理、防除作業などの国家資格取得者へのプラスαの賃上げの要求も大事な活動です。
休憩場所の設置もみんなが望んでいる要求です。
最賃以下の時給、年休なし、深夜割増なし、休憩時間があいまいな場合などは、労基署に訴えるだけで改善されます。
また地域での最低賃金の引き上げを地域の仲間とともに要求していくたたかいも職場を改善することにつながっていきます。
公契約条例の制定が自治体ごとにひろがってきていますが、多数の業種に発注をしている自治体が適正な賃金や労働条件を設定することで、地場産業の一環でもある清掃業での賃金・労働条件の改善へとつながっていきます。