憲法の国民主権・議会制民主主義・平和主義のすべてに違反する「60日ルール」発動(小沢隆一)
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憲法59条4項は、次のように規定する。
「参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて60日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる」。
これは、本条、とりわけ前2項の規定のし方からも明らかなように、法律案の議決における例外、「特則」としての「衆議院の優越」の一つとして定められているものである。
ところで、このような例外的特則としての「衆議院の優越」は、なぜ定められているのであろうか。
それは、二院制の採用にともなって蓋然的に生じうる衆議院と参議院の政治的意思の不一致、それによる「政治的暗礁」からのすみやかな離脱のための便宜的方策として採用されたものである。
それゆえ59条2.3.4項という「特則」は、こうした制度の趣旨を踏まえた「例外的」運用が厳しく求められる。国民主権の原理と議会制民主主義の精神に基づくならば、可能な限り「原則」としての59条1項所定の「両議院で可決」という手続をとることが要請されるのである。
こうして59条2.3.4項を「対等な二院制」に対する「例外的特則」と位置づけることができるならば、それぞれは、「例外」にふさわしい「限定的な取り扱い」が必要とされる。例えば、以下のような「取り扱い」は、これらの規定の「例外」的性格から導かれていると考えられる。
「(59条3項に基づく)両院協議会の手続がとられた場合には、両議院の意思の一致によってしか法律は成立せず、衆議院は59条2項の単独再議決の手続に訴えることはできないものと解されている。先例もそう解しているようである」(杉原泰雄『憲法Ⅱ』有斐閣・1989年・234頁)
こうした位置づけの中で4項をとらえるならば、同項が発動できるケースとは、2.3項所定の場合と同程度に「衆議院と参議院の意思の不一致」が認められる場合に限られると解するべきである。
例えば、参議院が、衆議院と異なる政治勢力によって構成されていて、審議の遅延がある種の「対抗手段」としての意義を持つような場合にのみ発動できると解さねばならない。そして、法案の合憲性、正当性について、参議院の姿勢や見解より衆議院のそれらが勝っていると言える相当の根拠が存在する状況があって初めて発動できるものと見なければならない。
国会法83条の3が規定する衆議院による参議院への「みなし否決の通知」も、そのような場合を認定することでなければ、制度的正当性を持たぬものと言えよう。さもなければ、両議院の議員をひとしく「全国民の代表」(43条1項)とする日本国憲法の二院制の制度趣旨に添わない。
さて、以上のような憲法59条の各項の解釈に照らしてみると、今回、9月14日以降も参議院が審議を続けた場合、衆議院が「60日ルール」を発動する憲法的正当性は認められるであろうか。それは、まったくないと言わざるを得ない。
参議院が今日まで審議を続けているのは、戦争法案の違憲性が国会審議の早期の段階で露呈し、それについて政府がまともな答弁をすることができないでいるからである。
いわゆる「立法事実」の欠如、首相のヤジ、首相補佐官の不適切な発言などが重なって、法案の正当性、合法性がまったく証明されないままでいるからである。
そして、それは、憲法の二院制の趣旨をわきまえない議会制民主主義の破壊である。衆議院による戦争法案再議決の強行は、憲法9条を事実上なきものにするという意味で平和主義に反すると同時に、国民主権と議会制民主主義にも反する、すなわち日本国憲法全体を破壊する暴挙であるといわざるをえない。
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