10月25~26日、松代大本営・無言館・安曇野ちひろ美術館を訪ねる実践学習旅行に15人が参加して実施しました。
安倍自公政権が壊憲暴走を強め、靖国参拝や慰安婦の否定など過去の侵略戦争を美化・賛美して、戦争の反省から出発した国際社会に恥ずべき態度をとりつづけている現在、まさしくかつての侵略戦争と平和の意義を考え直すこの旅行は本当にタイムリーな企画でした。
安倍自公政権が壊憲暴走を強め、靖国参拝や慰安婦の否定など過去の侵略戦争を美化・賛美して、戦争の反省から出発した国際社会に恥ずべき態度をとりつづけている現在、まさしくかつての侵略戦争と平和の意義を考え直すこの旅行は本当にタイムリーな企画でした。
朝8時に国分寺を出発。
外環から関越をとおって長野道へ。
とくに渋滞に巻き込まれることもなく、最初の目的地・無言館に到着しました。

無言館の正面玄関

第二展示館・傷ついた画布のドーム(2008年9月オープン)
戦没画学生の遺作を収集・展示しているという、ちょっと変わった美術館ですが、いろいろと考えさせられます。
「無言館」という名称も意味深です。
共通しているのは、とにかくみんな絵が好きで、戦争に行かなければ、また好きな絵を描き、なかには画家として大成する人もでてきたことでしょう。
人間の人生を歪めて強制的に動員する戦争と軍国主義は本当に許せません。
つづいて、メインとなる松代へ。
現地ガイドの阿藤満政さん(松代大本営の保存をすすめる会副会長、長野県学習協会長)による懇切丁寧な解説で詳細がよく理解できました。

象山地下壕への道すがら、解説する阿藤さん。
真ん中の黄緑色のウィンドベレーカーを着ている方です。

象山地下壕入口脇にある案内板。
ちょっとニュースにもなりましたが、よくみると、「強制的」という言葉に白テープを貼ってあります。

象山地下壕内でパネルを使いながら解説する阿藤さん。

その後、舞鶴山地下壕跡へ移動。
案内板をよくみると、ここにも白テープが貼ってあります。
2つめの白テープの意味はよくわかりませんが……。

案内板左下にはこんなものが。
行政は完全にびびっています。
このように、国民のなかに萎縮効果をもたらす攻撃だということを、私たちは肝に銘じておく必要があると痛感しました。

先ほどの案内板はこの写真の右後ろの方向にあります。

つづいてもう少しのぼり、天皇御座所跡へ。

一時しのぎの隠れ家とはいえ、けっこう立派な和室をこしらえたようです。

ガラス戸に反射して、周りの山々が写っています。
これだけ山に囲まれていれば、飛行機で偵察に来ても、まずみつかりそうにありません。
それと、よくみると右側の柱、フシがまっすぐのとっても上質なものをつかっているのがわかります。
戦後、昭和天皇が長野に巡幸したさい、応対した県知事に、「このあたりにムダな穴を掘ったそうだが、それはどこだ」とすっとぼけて聞いたそうです。
まった、腹立たしい。
あんたのために何人の人間が犠牲になったと思ってるんだ!
その日はそのまま宿に入り、食事と温泉を堪能しました。
夜の交流会も、山田先生から、いわさきちひろの夫・松本善明への熱烈なラブレターのことが紹介されるなど、昼間とはまたちがったかたちで、大いに盛り上がりました。
91歳となる三上秀光さんの軍隊・捕虜体験や戦後の国労での体験のいったんが話されるといった一幕も。
91歳となる三上秀光さんの軍隊・捕虜体験や戦後の国労での体験のいったんが話されるといった一幕も。
初日が予定外に多くの箇所をまわれたので、2日目は予定になかった松代観光もしました。
松代は真田の城下町で、歴史的観光スポットです。
古きよき文化にふれ、みなさん少しは癒されたかな?
館が建てられている周辺は景色のいい公園になっているので、昼食はそこでお弁当を食べました。
空気のいい野外での食事は格別です。

当日はSDカードの容量がいっぱいになってしまったので、写真はネットから拝借。
まあ、雰囲気は伝わると思います。
ちひろの絵にかける情熱、子どもにむけるやさしい眼差し、徹底した戦争への忌避感など、いろいろなことが浮かんできました。
14:00、帰路へ。
しかし、これでも遅かったのか、中央道で大渋滞に巻き込まれ、予定から大幅に遅れて19:30ごろ国分寺に到着、解散しました。
全日程、山田敬男先生が同行し、要所要所で必要な補足解説があり、こちらも好評でした。
文字どおり“無言”で戦没画学生の遺作に接し、松代大本営で阿藤さんのガイドを聞きながら、強制労働に従事した朝鮮人の“亡霊”に耳を傾け、重苦しい雰囲気に入り込み、最後は安曇野ちひろ美術館で希望をもって帰京するというかたち。
なるほどと思いました。
以上、とても充実した2日間となりました。 (東京労働学校三多摩教室運営委員会)